YOSHIの青春歌謡曲!!

〜70-80年代歌謡曲、アイドル歌謡曲〜

おしゃれな土曜日

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おしゃれな土曜日

作詞:安井かずみ 作・編曲:葵まさひこ

 

73年10月発売。元祖ビジュアル系女子プロレスラーとして活躍したミミ萩原の歌手ビュー曲(当時、ミミの芸名)。

 

70年代中盤から後半にかけて、マッハ文朱からビューティ・ペアへと続く女子プロ人気は凄かったが、その頃の78年に、ミミ萩原のリングネームで全日本女子プロレスデビュー。

 

デビュー後、試合では連戦連敗で、実力よりもビジュアル系の女子プロレスラーとして活躍。この頃はテレビでも見ていて良く覚えているのだが、女子プロ前に、こんなキュートな曲を歌っていたとは知らなかった。

 

出会ったばかりの頃、初デート時のウキウキした気分を歌った「おしゃれな土曜日」。廃盤ベストテンで堂々第1位に輝いた隠れた名曲!!

 


「おしゃれな土曜日」ミミ(ミミ萩原)

あじさい橋

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紫陽花が綺麗な季節ですね~。

と言うわけで、今回紹介するのは、城之内早苗の「あじさい橋」

 

「紫陽花」のタイトルが付く曲を調べてみると「あじさい化粧」(藤あや子)、「あじさい酒場」(坂本冬美)、「紫陽花」(五木ひろし)、「あじさい情話」(北島三郎)、「あじさいの雨」(渡哲也)など、演歌が結構多い。やはり、紫陽花に雨、涙、別れ、酒等を重ね合わせて男女間の情念を切々と唄うのが演歌に相応しい。城之内早苗もおニャン子クラブ出身の演歌歌手。大叔父は、プロ野球読売巨人軍で「エースのジョー」と呼ばれた大投手の城之内邦雄(小学生低学年の頃だったが、サイドスローのダイナミックなフォームから投げる城之内投手の事は良く覚えている)。

 

あじさい橋」は、86年6月11日発売の城之内早苗のファースト・ソロシングル(作詞:秋元康、作曲:見岳章)で、演歌で史上初めて、オリコン総合シングルチャートで初登場1位を獲得(6月23日付)。普通、演歌なら有線からジワジワと火が付いてランキング上位に入るには月日を要するものだが、この曲は、城之内がおニャン子所属という特殊事情があったのだろう。

 

作詞秋元康×作曲見岳章のコンビは、美空ひばりの「川の流れのように」と同じ作詞作曲コンビ。だが一方で、キワモノ系ユニットのニャンギラスの「私は里歌ちゃん」も同じコンビで提供しており、ギャップあり過ぎ(笑)。

 

作詞:秋元康作曲:見岳章

「あの人とこの橋の あじさいの花

 

遠くにゆっくりと 梅雨が来て 空からそっと投げた 絹の糸の雨

静かな街並は 色あせて あの人を見送る道 手をふりながら

渡れる 渡れない ふたりが名付けた橋 渡れる 渡れない ああ あじさい橋

小さなこの傘を 開いたまま 欄干に立てかければ 思い出の花

 

グレイの雨雲を 幾重にも 着物のように着てる 空に虹の帯

瞳で受けとめた 恋の終り 雨の粒いつのまにか 涙になった

渡れる 渡れない ふたりの思い出橋 渡れる 渡れない ああ あじさい橋

いつでもこの場所で 待ち合わせた あの頃が切なすぎて 佇んでいた

 

渡れる 渡れない ひとりの今の私 渡れる 渡れない ああ あじさい橋

心にいつまでも 咲いている あの人とこの橋の あじさいの花

あの人とこの橋の あじさいの花」

 

♫遠くにゆっくりと 梅雨が来て 空からそっと投げた 絹の糸の雨♫

 

雨を、絹の糸という日本人に非常に馴染みのある素材に喩えているところが演歌らしい。ちなみに、僕はこの部分の歌詞を聞くと、「絹の糸」ではなく、手延べそうめんの「揖保乃糸(いぼのいと)」を思い出してしまう(笑)。

 

♫小さなこの傘を 開いたまま 欄干に立てかければ 思い出の花♫

 

傘の花が咲くと言うが、まさに欄干に咲く紫陽花の花!

 

♫渡れる 渡れない ふたりの思い出橋 渡れる 渡れない ああ あじさい橋

いつでもこの場所で 待ち合わせた あの頃が切なすぎて 佇んでいた♫

 

付き合っていた頃、二人であじさい橋と名付け、いつも待ち合わせをし、楽しかった思い出が沢山詰まった場所。この場所に来て橋を眺めると、無意識に彼との思い出を重ねて、湧き上がってくる想いを抑えきれない…

 

♫渡れる 渡れない ひとりの今の私 渡れる 渡れない ああ あじさい橋

心にいつまでも 咲いている あの人とこの橋の あじさいの花♫

 

彼との思い出は、いつまでも心の中に生き続け、心の中の紫陽花は枯れる事なく咲き続ける。彼とこの橋を繋ぐ紫陽花がある限り…

 

しかし、秋元康は、おニャン子とんねるずの曲は遊び半分でも、本気モードの時は、素晴らしい詞を作るもんだな!(笑)

 


城之内早苗 あじさい橋

白いくつ下は似合わない

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75年8月に発売された荒井由実作詞作曲のアグネス・チャン11枚目のシングル。二十歳になったアグネスのためにユーミンが大人のバラードをプレゼントしたもの。

アグネスと言えば、72年11月に「ひなげしの花」でデビュー以降「草原の輝き」、「小さな恋の物語」、「星に願いを」、「ポケットいっぱいの秘密」、「愛の迷い子」など立て続けにヒット曲を連発!少女っぽい内容の歌詞をたどたどしい独特の歌い方で唄う、白いハイソックスがトレードマークのアイドルだった。ところが、この曲は、これまでのシングル曲とは全く異なる切ない失恋ソング。ユーミンならではの哀愁感漂うメロディーと独特の世界観に思わず引き込まれてしまう。

 

作詞:荒井由実

作曲:荒井由実

私の瞳に 映ったあなたが
涙にゆがんで こぼれ落ちてしまう
私の心に住んでた あなたが
誰かと腕組み 遠くへ行ってしまう
歩道橋の上でよりそって
並木道 見下ろして
きみとどこまでも歩きたいと
云ったのは うそなの
失くしたものなど何もないけれど
白いくつ下 もう似合わないでしょう

 

歩道橋から並木道を見下ろす情景は、自分の中では、原宿駅前にあった歩道橋と情景が重なったね。ここからは表参道の並木道が良く見下ろせた(ただし、この歩道橋は数年前に撤去されて、今はもう無い…残念)。

 

「失くしたものなど何もないけれど 白いくつ下もう似合わないでしょう」

 

彼という一番大切な人が去ってしまって、「失くしたものなど何もない」はずはない。

 

だが、少女から大人へと成長していく過程でこの失恋はマイナスではなく、むしろプラスとなる必要な経験と捉えれば、失くしたものなど何もないのだろう。精神的にも成長して白い靴下の似合う純粋な少女から大人の女性へと脱皮していく。アグネスの二十歳の誕生日にこんな曲をプレゼントできるユーミンって、やっぱり凄いよね!

 

ラストシーン/西城秀樹

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76年12月にリリースされた西城秀樹の19枚目のシングル。同年2月発売の16枚目シングル「君よ抱かれて熱くなれ」から「ジャガー」、「若き獅子たち」の青年3部作に引き続き、この曲も作詞阿久悠×作曲三木たかしの名コンビ。

デビュー当時は派手なボディアクションと絶叫型の歌唱スタイルで女性には人気があったようだが、正直このスタイルはあまり好きになれなかった。そんな頃、テレビで「ラストシーン」を語りかけるように優しく歌っているのを見て、これが秀樹かと驚いた記憶がある。
それ以降かな〜西城秀樹をファンとして意識したのは。それからは、激しいアクションも素直にカッコいいと思えるようになった(笑)。

当時から「ラストシーン」のサビの部分の美しいメロディだけが何故か印象に残っており、ある機会に、歌詞の内容を調べながら曲を聴いていたら涙が止まらなくなった。

作詞:阿久悠
作曲:三木たかし
何年でも待つよと いったら
 あなたはさびしく 微笑みながら


そんなことをしたら 不幸になるわ
  忘れた方が いいという


ありがとう しあわせだったわ
 一緒に歩けなくって ごめんなさい


あたたかい 春の陽ざしの中で
熱があるように ぼくはふるえていた



もう恋などしないと いったら 
あなたは馬鹿ねと つぶやきなから


そんなことを いって困らせないで
  無邪気な方が いいという


ありがとう しあわせだったわ
  出来ればもっと早く 逢いたかった


にぎやかな 街の通りの中で
夢をみたように ぼくは泣いていた

 

歌詞は、恋人同士の会話形式になっている。何か結婚できない事情のある彼女(多分既婚者か?)と恋に落ちた彼が、彼女の事情を受け入れ、離婚できるまで「何年でも待つよ」とプロポーズする。だが、自分の身勝手から彼をこれ以上待たせて不幸にできないと彼女は身を引く。出来れば独身の頃に貴方と出逢いたかった、貴方はいつもの無邪気なままで変わらないで下さいとの言葉を残して…
彼女が去って独り部屋に残された彼は、無力感、脱力感からか茫然自失状態。思い切って外へ飛び出すと、そこはいつもと変わらぬ都会の喧騒。現実に引き戻され、雑踏の中で独り号泣する彼。。。

こんな感じでしょうか?(多少妄想入り)

阿久悠による、まるで映画の1シーンだけを取り出して見せるような情景描写は本当に素晴らしい。さらに、男女の対話形式の歌詞が臨場感をもたらし、聴く人の心に響くのでは。ただ、忘れてはならないのは、三木たかしによる優美なメロディとの一体感だと思う。
「ラストシーン」は、西城秀樹の残した数多い名曲バラードの中でも最高傑作ではないだろうか。

なお、昔は気が付かなかったのだが、女性のセリフの部分にはさり気なく(と言うか、かなり気になる程度の(笑))女性のコーラスが入っており、対話感を演出している。

 
西城秀樹 ラストシーン

右向け右

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78年5月25日発売の石川ひとみのデビューシングル。


フジテレビ系で放送されていたオーディション番組「君こそスターだ!」でチャンピオンとなり、18歳で歌手デビュー!アイドル歌手のデビュー年齢としてはやや遅めだが、妖精のような清楚な美しさと群を抜く歌唱力で並みのアイドルとは別格感を漂わせていたように思うし、親衛隊(←死語?(笑))からも絶大な人気があった。

作詞は後に松田聖子河合奈保子のデビューシングルを手掛けた三浦徳子(よしこ)、作曲はザ・ピーナッツや園まりでヒットを飛ばしていたベテランの宮川泰という申し分ない強力コンビだったが…
オリコンチャート最高66位、売り上げ1万5千枚とヒットには至らず、70年代前半から中盤にデビューした桜田淳子山口百恵岩崎宏美や、80年代前半にデビューした松田聖子河合奈保子中森明菜らと比べて、インパクトの乏しい結果に…
アイドル不毛の70年代後半にデビューという時代背景があったのかも知れない。しかし、他にも問題があったのでは?

「右向け右」は、振られた女性の悲痛な心の叫びを軽快なアップテンポのサウンドに載せたシリアスな失恋ソング。歌っていた当時は、ノリの良いサウンドとアイドルらしい可愛い振付けばかりに心を奪われ、詞に若干の違和感を感じつつも、あまり意識していなかった。しかし、改めて歌詞を見ると内容はかなり重い。

♫右向け右 Ah 心が痛い 左に行く彼 追っちゃいけない
そんなに信じられなきゃ さっさと消えればいいでしょう♫

途中から別々の道を歩いていく情景は、先日紹介した「グッド・バイ・マイ・ラブ」と一見似ている(但し、彼が左に行く点で「グッド…」と逆ではあるが(笑))。
だが、「グッド…」の主人公の女性は振り返ったら彼の後ろ姿を見えなくなるまでずっと見つめてるような感じがするが、「右向け右」の女性はとっとと視界から消えろと…(笑)

一方で、

♫Ah あきらめるには少し Ah 愛しすぎたみたいです
何故よ 何故なの 本気だった気持 ふりむいて♫

彼の事を諦めきれず、未練タラタラの怨念女(笑)。。。

しかし、振られた女性の揺れ動く感情の叫びのようなものが正統派の大物清純アイドルのデビュー曲のテーマとして相応しいものなのか??
普通、アイドル歌手のデビュー曲のテーマは、「出逢い」、恋の「芽生え」、大人や性への「目覚め」、「少女」、「天使」や実年齢(17歳等)等を題材としたものだろう。南沙織麻丘めぐみ桜田淳子山口百恵岩崎宏美松田聖子河合奈保子中森明菜らもデビュー曲のテーマはこれらに該当している。

百歩譲って、失恋がテーマだったとしても、「グッド・バイ・マイ・ラブ」のように、しっとりと聴かせる曲であれば、石川ひとみの歌唱力が活かされたかもしれないし、この曲の主人公の女性は石川ひとみのイメージとも重なる。
だか、「右向け右」の主人公の女性は、石川ひとみのイメージとは大きくかけ離れていると言わざるを得ない。デビュー当時、この曲を聴いて感じた若干の違和感はこの辺にあったのかも。

でも、こうして「右向け右」と「グッド・バイ・マイ・ラブ」を対比してみると、主人公の女性の進む方向やイメージが全く逆なのが面白い!(笑)

 


石川ひとみ「右向け右」先生とのご対面あり

グッド・バイ・マイ・ラブ

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74年4月発売のアン・ルイスの6枚目のシングル(作詞なかにし礼・作曲平尾昌晃)で初のヒット曲。
「女はそれを我慢できない」「ラ・セゾン」「六本木心中」「あゝ無情」などロックのイメージが強い彼女だが、この曲はそれとは正反対のバリバリのアイドル歌謡曲!
別れの切ない感情を昭和の懐かしさを感じさせるようなゆったりとしたメロディに載せて、アン・ルイスが爽やかに歌っている。

♫グッバイマイラブ この町角で グッバイマイラブ 歩いてゆきましょう
あなたは右に 私は左に ふりむいたら 負けよ♫

決して憎悪に満ちた別れではなく、今でも彼を愛している…振り返ってしまうと涙が止まらなくなるので、強がりで言っているのでしょう。

♫忘れないわ あなたの声 優しい仕草 手のぬくもり
忘れないわ くちづけの時 そうよ あなたのあなたの名前♫

彼との二人で過ごした大切な思い出。
彼女はくちづけの時、「◯◯、愛してるよ」と言って彼の名前を呼びながらくちづけしていたのでしょうね。心の中に、くちづけのシーンと彼の名前とが一体化して刻まれているのでは。

♫グッバイマイラブ 二人の恋が グッバイマイラブ 真実ならば
いつかは逢える これが本当の さよならじゃないの♫

間奏部分の英語のセリフ
''We can meet again someday''
とも合致した、彼女の心からの想いであり、彼女の願望!!

このような彼女と付き合っていた彼は幸せ者とも思えるね。

 

 
♫ グッド・バイ・マイ・ラブ ♫ アン・ルイス

 (※間奏部分の英語のセリフ無し)

 

私たち(岩崎宏美)

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いきなりスマッシュヒットしたデビュー曲「二重唱(デュエット)」(75年4月発売)に続く2ndシングル「ロマンス」(75年7月発売)で早くもオリコンチャート1位を獲得!2曲目での1位獲得は、松田聖子(1位はサードシングルの「風は秋色」から)よりも早いペース。
ただ、今回紹介するのは、この大ヒット曲「ロマンス」ではなく、そのB面の「私たち」(作詞作曲は「ロマンス」と同じ阿久悠筒美京平)

元々、「ロマンス」と「私たち」は、どちらをA面に持ってくるか決まっておらず、作曲の筒美京平が「私たち」を推挙し、作詞の阿久悠が「ロマンス」にこだわったため、最後にはスタッフ間で採決をとり、1票差で「ロマンス」をA面にすることになったという逸話が伝えられている。だが、今だに岩崎のファンの中には、「私たち」の方が「ロマンス」よりも良かったという「私たち」派も多いらしく、コンサートでは毎回この曲でかなり盛り上がるらしい。僕もどちらかと言うと「私たち」派!

「私たち」は、岩崎の高音での伸びやかな歌声が冴え渡る、メロディ重視の曲のように思える。歌詞の内容も、

♫両手をひろげて 足りないくらい あなたをいっぱい 愛しています
私たち多分 結ばれるでしょう きっときっと 結ばれるでしょう♫

当時16才だった岩崎と同世代の女の子の心境をストレートに表現した歌詞で、岩崎のハイトーンと相まって聴いていて心地良い。

これに対して、「ロマンス」は、メロディよりも歌詞重視の歌ではなかろうか。

♫あなたお願いよ 席を立たないで 息がかかるほどそばにいてほしい♫
♫生まれて始めて 愛されて 私はきれいに なって行く 甘い甘い ロマンスなの しあわせな私♫

確かに、「私たち」よりも男性受けしそうな、インパクトのある歌詞。ただ、「息がかかるほどそばにいてほしい」なんて、16才の子が普通に言える内容とは思えないが(笑)。でも、当時聴いていて全く違和感を感じなかった。普通はあり得ない内容のインパクトのある歌詞を歌唱力のある岩崎に爽やかにさり気なく歌わせる。この辺が阿久悠の計算された凄さなのかも知れない。

結局、「私たち」と「ロマンス」とA面争いは、「私たち」派の筒美京平と「ロマンス」派の阿久悠とがお互いのプライドを賭け、岩崎宏美という歌唱力の優れた歌手を通じた行ったガチンコ勝負だったのでは?
結果は逸話にもなっているように僅か1票差で「ロマンス」に軍配が上がったが…仮に「私たち」がA面だったとしても「ロマンス」ほど大ヒットしたかどうか分からない。しかし、「ロマンス」に劣らない名曲であることは間違いないと思う。

なお、「私たち」は岩崎と同じ「スター誕生」出身の石野真子がカバーしている。石野も歌唱力のある歌い手なので、似たような出来の歌なのかなと思って聴いてみると、サビの部分の高音の伸びが全く違うんだな、これが(笑)!

「私たち」は岩崎宏美にしか歌えない。岩崎の突き抜けるような高音の音声が生かされるようにメロディを提供した筒美京平はやはり素晴らしい!

 

 


私たち 岩崎宏美